「金」の眼鏡で見た おカネの風景

インドと中国の国民も膨大な金を買っている

 金の購入を増やしているのは中央銀行だけではありません。ふつうの市民が装飾品として、あるいは投資用の金地金やコインとして金を買っています。とりわけ人口14億4000万人のインドと、人口14億2500万人の中国で、民間の金需要が大きく増えています。

 一人当たりの購入量はドイツなどと比べると少ないですが、世界で一、二を争う人口を抱えているので、国ごとで見ると膨大な量です。ことし1~6月の上半期で、インドと中国の民間需要はそれぞれ300トンを超えました。つまり通年ではインドと中国だけで1000トン以上になり、世界の中央銀行の購入量を超えます。

 下のグラフをご覧ください。左の白い半円がインド、右の白い半円が中国の金需要ですこの数字は公的需要と民間の需要を加えたものです。白い半円の横にある茶色の半円は、2023年の金産出量を示しています。金鉱山がわずかしかないインドでは需要の98%を輸入しなければなりません。中国は世界一の金産出国ですが、それでも需要の60%近くを輸入に頼らざるを得ません。輸入するということは、ニューヨークやロンドンの金市場から買うことであり、金需要を増やして価格を押し上げる要因になります。

 かつての中国では、国民の投資対象は主に住宅でした。買えば必ず値上がりすると広く信じられ、多くの国民が不動産市場に群がりました。ところが2021年12月に価格が下落に転じ、いくつもの不動産会社が破綻寸前になってからは、不動産価格の下落が止まりません。中国経済全体が悪化し、若者は就職難にあえぐようになりました。

 新たな投資対象になったのが金や銀です。中国政府も金への投資を奨励しました。その結果、金の輸入量が増え、中国の国内ではロンドン市場の価格に数パーセントのプレミアムを上乗せした高い価格で取り引きされるようになりました。それでも金を買う意欲は衰えず、今年1月からの3か月間で、民間の金購入量は昨年より13%も多い295トンにのぼりました。

 金価格が余りにも高くなり、需要が落ち込んだため、中国政府は今年6月、販売窓口となっている市中銀行への金輸入枠を停止しました。ロンドン市場の金価格は停滞しました。ところが、8月16日のロイター通信によると、中国政府は市中銀行への輸入割り当てを再開したそうです。金の需要が再び高まったからでしょう。9月に入ると、ニューヨークの先物市場とロンドンの現物市場では金が上値を追うようになりました。
 
 インドの場合、人々が金を買う理由の一つは宗教にあります。金は「富、清浄、繁栄のシンボル」とされ、祝祭の時に金を買うと縁起が良いと信じられてきました。とりわけ10月の「ディワリ」は最大のお祭りです。ヒンドゥー教の神話では、善が悪に、光が闇に勝利した日とされ、これを祝う5日間のお祭りで金を買い、富の女神にささげる風習があります。
 
 このため、公的機関の調査によると、インドでは国民の87%が金地金を保有し、所得が下位10%の貧困層でも75%が保有しています。インド国民の金保有量は総計で2万5000トンにのぼるという調査結果もあります。

 かつてのインドでは、国の財政が窮屈なために米ドルなどの外貨は貴重でした。金の輸入に使う外貨には制限があり、金に高い関税をかけて需要を減らそうとしてきました。しかし、インド政府はことし7月、金と銀の輸入関税を現行の15%から6%へと一挙に半分以下に引き下げると発表し、国民を驚かせました。
 
 関税が下がった分だけ販売価格が下がっため、インドの8月の金の販売量は140トンと、前月の3倍に急増しました。10月の「ディワリ」ではこれまで以上に金の需要が高まるだろうと、金業界は予測しています。
 
 金への関税引き下げは、インドの財政に余裕が生じたことを示しています。ロシアがウクライナに侵攻した後、米英と欧州連合はロシアの原油と天然ガスを拒否し、さらにタンカーが積み荷の保険を掛けられないようにするなど、さまざまな輸出規制をかけました。しかし、ロシアは世界中の老朽タンカーを集めて「灰色のタンカー隊」をつくり、原油をアジアへ振り向けました。

 この原油の買い手になったのが中国とインドです。とくにインドは石油コンビナートが林立し、ロシアの安い原油をガソリンやディーゼル油、航空燃料などに精製して米国や欧州に売り、巨額の利益を得ています。経済は活況を呈し、国の財政も豊かになりました。もう金の輸入に使う外貨を制限しなくてもよくなったのです。
 
 「風が吹けば桶屋がもうかる」の言い方を借りれば、「ロシアに経済制裁すれば金が上がる」と言えそうです。(グラフはVisual Caopitalist、サイト管理人・清水建宇)

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