「金」の眼鏡で見た おカネの風景

中央銀行の金の秘密は厳重に守られている

 前号で、欧州以外の中央銀行が猛然と金地金を買い始めたことを書きました。しかし、中央銀行がその金塊をどこに、どのくらい保管しているのか、実態は分かりません。どの中央銀行も外部には明かさず、秘密を厳重に守っています。保管の様子が新聞やテレビで報道されることは、ほとんどありません。

 それでも例外的な報道が過去に2件ありました。シンガポール中央銀行が2023年8月に、ポルトガル中央銀行が2022年5月に、それぞれ金保管庫の取材を許可したのです。

 シンガポールはマレー半島の突端にある島国です。人口590万人ほどの小さな都市国家ですが、金融業が盛んで、東京や香港を抑えて「アジアの金融ハブ(中心)」の地位を奪おうと野心を燃やしています。その野心の表れが、中央銀行の準備資産として、わずか2年間で100トンもの金塊を買い、保有金を2倍にしたことです。

 自国通貨シンガポールドルへの信認を高めるためでしょう。そのためには保有する金が2倍になったことを多くの人に知ってもらったほうがいい。そこで、地元のテレビ「チャンネル・ニュース・アジア(CNA)」に金庫室の取材を許しました。

 取材に先立って、番組プロデューサーと撮影係に保管庫の場所は誰にも言わないと約束させ、さらに公務機密法に基づく誓約書に署名させました。取材班の2人は目隠しをされて政府の車で運ばれ、建物の中をあちこち移動させられた後、「目隠しを取っても良い」と言われました。

 上の映像は、取材した女性プロデューサーが目隠しを取った瞬間です。この後、保管庫の中をあちこち撮影し、黄金の山に感心した様子の彼女が画面に何度も登場しました。撮影が終わると、取材班はまた目隠しをさせられ、中央銀行へ連れていかれました。徹底した秘密保持のせいで、金の保管庫の場所は1年後の今でもわからないそうです。

 ポルトガルの中央銀行が首都リスボン郊外にある金保管庫の取材に応じた理由は、シンガポールとは異なります。ポルトガルの通貨は欧州の20か国で使われているユーロであり、ユーロの信認を高めることはポルトガルの責務ではありません。

 ポルトガルはイタリア、アイルランド、ギリシャ、スペインと並んで経済が低迷し、それぞれの国の頭文字をとって「PIIGS」と揶揄されてきました。とりわけポルトガルは金融危機が長引き、銀行の経営不安が10年以上続きました。金の保管庫を取材させるという異例の措置は、ポルトガルの市民を安心させることが主な目的だったでしょう。

 金塊の保管場所は首都リスボンの郊外にあり、ユーロ紙幣を印刷する造幣局と並んでいます。二つの施設は高い壁と有刺鉄線で囲まれ、機関銃を持った兵士たちと獰猛なジャーマンシェパードが警備しています。

ポルトガルの新聞や写真家が取材に参加し、ロイター通信が「まれに見る貴重な機会」と世界に報じたこともあって、報道は注目を集めました。通常は見ることができない保管庫の入り口や、収納された12ポンド(約5.4kg)金塊の刻印まで撮影を許されました。

 さらに中央銀行の役員が同行して、次のように説明しました。「ポルトガルの中央銀行は382.6トンの金を保有し、そのうち45%にあたる172.6トンをここで保管している。ほぼ同じ量がロンドンのイングランド銀行に保管され、残りは国際決済銀行とフランス銀行に保管されている」。半分以上を国外に置いている理由として、役員は「金で収益を上げる機会を得たかった。そのために国際的な金市場の近くで保管する必要がある」と述べました。

 こうした報道に対して、金の専門家から疑問が指摘されました。

 報道された金塊には1930年にロスチャイルド・ロイヤルミント精錬所でつくられたことを示す刻印がありました。「国内で保管しているのは、第2次大戦前からの古い金が中心だろう。その後に増やした金塊はほとんど国外にあるのではないか」

 さらに「金で収益を上げるには、金取引をしている大手銀行に貸し出さねばならず、貸し出した金はそれぞれの銀行の金庫に移される。貸し出した金をポルトガル政府が保有していると言えるのか」という指摘もありました。

 せっかく貴重な取材機会を与えられたのに、これらの質問をした記者はいませんでした。(写真はCNAなど――サイト管理人・清水建宇)

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