「中央銀行は金価格を操作してインフレを隠してきた」
ニューヨークの金先物市場を舞台にした大がかりな金価格操作は、2019年9月に起訴され、4年後の2023年8月、JPモルガン幹部に有罪判決が下って、一区切りつきました。
しかし、この事件ではいくつもの謎が残り、まだくすぶっています。米司法省が最終弁論で「世界の金価格を操作する力を持っていた」と述べた犯行グループは、金取引のシステムに深くかかわっており、今なおシステムと無縁ではないからです。
ロンドン貴金属市場協会(LBMA)は、金の取引において「世界で最高の権威」と言われ、金融だけでなく金鉱山、精錬業者など21か国の約150社が参加し、金取り引きのルールを決め、世界の金市場を監督しています。理事会が最高の意志決定機関です。
金価格操作事件で「主犯格」として起訴されたJMモルガン貴金属部門のマイケル・ノワック責任者は、起訴されたとき、このLBMAの理事でした。就任したのは起訴の2カ月前です。その時点では、JPモルガンを舞台にした金価格操作の捜査が進んでいること、ノワック氏がその主犯格であることはすでに報道されていました。同年5月に大陪審の審理が始まったことも周知の事実でした。
米司法省は、この事件を単なる金融犯罪ととらえず、マフィア撲滅のためにつくられた「組織犯罪対策法(RICO法)」の立件もめざしていました。さらに、「米国を欺くための陰謀」罪も適用しました。つまり、国を揺るがす重大な犯罪として捜査していたのです。
不思議なのは、この重要犯罪の被疑者であることが知られていたのに、LBMAがノワック責任者を理事として迎え入れたことです。理事に就任して2カ月後、ノワック氏は起訴され、新聞やテレビはLBMAに対して「ノワック氏をいつ解任するのか」と質問を浴びせました。しかし、LBMAは煮え切らない態度を続け、起訴から4日後にようやく解任しました。
価格操作の舞台となったJPモルガンにも謎が残ります。8年間も空前の規模で価格操作が繰り返されたことが明らかになり、司法省などは2020年9月、銀行や証券などJPモルガンの系列3社に対して約9億2000万ドルの制裁金を課しました。当時の為替レートで966億円であり、金融事件の制裁金としては空前の金額です。
しかし、JPモルガングループは、幹部が有罪判決を受け、法人として制裁金を課せられた後も、LBMAの有力会員であり続けています。ニューヨーク商品取引所の金先物市場でも以前と同じように取り引きしています。
ブルームバーグ通信によると、米商品先物取引委員会(CFTC)は今年5月、JPモルガン・チェースが7年間にわたり数十億件の顧客注文の法定監視を怠っていたとして1億ドルの制裁金を課しました。それでも同社と系列企業は相変わらず金取引の中枢にとどまっています。
どうやら金取引の世界では、司法がよほど軽んじられているらしい。その思いは、ピーター・ハンブロ氏の告白を知って、いっそう強くなりました。
ハンブロ氏は、英国の有名な投資銀行を設立したハンブロ男爵の玄孫であり、父親は大手金取引会社の役員であり、本人も大手金鉱山会社の会長、大手金取引企業の副社長を務め、3代にわたって金取引の第一線に立ち続けてきた有名な人です。
このハンブロ氏は2022年7月、英国の経済ニュースサイトで、金価格操作の実態を暴露しました。彼は「2018年ごろから世界の中央銀行は国際決済銀行(BIS)の指示に従い、金価格を操作することでインフレの実態を隠そうとしてきた」と言います。BISは中央銀行のルールを決める機関で「中央銀行の中央銀行」と呼ばれています。
そして、インフレの実態を隠すために「紙の金」を使って「実物の金」価格を破壊してきたと指摘しました。先物市場に納める証拠金は法定通貨の米ドルであり、これはいくらでも印刷できます。印刷物にすぎない米ドルで金の価格を下落させてきたというのです。
ハンブロ氏はさらに「金の先物市場からさまざまなオプションの金融派生商品(デリバティブ)がつくられ、これらが「竜巻のように市場で渦を巻き始めた」と指摘しました。彼が示した米通貨監督庁のグラフは、2022年のたった1四半期で、貴金属デリバティブの想定元本が一気に6倍余の4900億ドルに急騰したことを示しています。その90%はJPモルガンとシティバンクが保有しています。
ハンブロ氏は危機感を抱いていたのでしょう。「風に揺れる1本の麦ワラは大嵐の前兆だと言われますが、このグラフもまさにそのような麦ワラだと思います」と述べました。
金の先物市場を操作しているうちに「デリバティブ」という怪物が生まれ、それが世界経済に大嵐をもたらすだろうと言うのです。(以下、次号。サイト管理人・清水建宇)