「金」の眼鏡で見た おカネの風景

1 人生に必要なsome money

 映画『ライムライト』の中で、チャップリン演じる老道化師が、人生に絶望して自殺を図る若いバレリーナに語りかけます。
 ――Yes, life is wonderful, if you’re not afraid of it.
 All it needs is courage, imagination, and some money.
(そうとも、人生は恐れさえしなければ、素晴らしいものだ。
 そのために必要なのは、勇気、想像力、そして少しのお金だよ。)

 老境にある私も、この通りだと思います。おカネがないのは惨めだし、辛い。さりとて、たくさんあっても使い道はない。おだやかで、つつましい暮らしを続けるために、蓄えとして「いくばくかのおカネ(some money)」があればいい。
 ただ一つの心配は、5年後、10年後も、その蓄えが価値を保っているかどうかです。

 経済学の本によると、おカネ(貨幣)には3つの本源的な機能があります。一つは「価値の尺度」で、モノやサービスの価格を示します。二つ目は「交換の媒介」で取り引きを可能にします。三つめは「価値の貯蔵」で、富を保存する手段になります。
 
 世界最古の硬貨は、紀元前6世紀の初めに、エーゲ海に面したリュディア王国でつくられました。金と銀の合金で、金の純度を国王が保証したので広く使われるようになりました。「金本位制」の始まりと言われています。

 「価値の尺度」としての金はきわめて安定しています。2000年前のローマ帝国で市民が着用した「トーガ」という衣装は、1オンス(約31g)の金で買えましたが、現代のニューヨークの高級紳士服店でスーツを仕立てる代金も、やはり1オンスの金に相当するドルと同じだと言います。つまり、金の価値尺度は2000年もの間、変わらずに保たれてきました。

 この春、株式市場で日経平均が34年ぶりに高値を更新しました。新聞やテレビは株価上昇を何度も報じました。しかし、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔さんは、「34年前の日経平均は当時の金の20g相当だが、今の日経平均は金の4g相当しかない。実質的な価値は5分の1だ」と書きました。「株価上昇はインフレの産物だ」というのです(東洋経済誌)。

 金のモノサシで計ると、「バブル超え」どころか、せいぜい2割の水準だということです。新聞やテレビの報道とはまったく違う風景が見えてきます。

 30年前の日本では、人びとの実質賃金は現在より高く、夫の給与で家計をやりくりできた家庭が多かったので、専業主婦が大勢いました。平均退職金も今より多く、社会保険料は安く、消費税は3%。タバコのハイライトは200円で買えました。30年前のほうが、今より暮らしに余裕があり、豊かだったのではないか。金のモノサシで計った分析のほうが、私の実感に合います。

 5年後、10年後、私のsome moneyの価値はどうなっているのか。それだけでなく、世界のおカネはどのようになるのか。「金(ゴールド)」のメガネを通して、おカネにまつわる風景を見つめ直したい。そんな思いで、しばらく書き続けます。
(ウェブサイト管理人・清水建宇)

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