「金」の眼鏡で見た おカネの風景

金価格を押し下げるために、ドイツは金を買いにくくした

「世界の中央銀行は、インフレの実態を隠すために金価格を破壊してきた」――金取引の重鎮であるピーター・ハンブロ氏の告白を前号で紹介しました。しかし、金の価格を操作する方法は、市場での売却だけではありません。ドイツでは、個人による金購入を妨害する理不尽な政策に踏み切りました。これも金価格を下げる効果があります。

 ドイツの人びとは金を好みます。成人の国民が保有する現物金の量は計8920トン(2019年調査)に達し、国民一人あたりの保有量はダントツで世界一です。米国が準備資産として公的に保有する金よりも多い量を、ドイツ国民が持っているのです。インドやアラブでも金が好まれ、宝飾品が買われていますが、ドイツ人は貯蓄を目的としており、保有量の55%は100gなどの金塊とコインです。そうした現物の金は銀行や金地金商の店頭で簡単に買うことができ、オンラインでの販売も盛んです。

 第一次大戦で敗れたドイツでは、巨額の賠償金を要求され、経済が押しつぶされました。当時のドイツは金で裏付けられた帝国銀行券などの「金マルク」が発行されていましたが、これらは賠償金の支払いに使われたため、国内向けに何の裏付けもないパピエル(紙)マルクが発行され、企業や国民がそれを使いました。

 紙マルクはしだいに価値を失い、敗戦から5年後の1923年になると底が抜けたように暴落します。この年の11月、1米ドル=4兆2000億「紙マルク」となり、ほとんど無価値になりました。政府は高額紙幣を次つぎと印刷し、最後は「2兆マルク」紙幣までつくりましたが、受け取る人は少なく、ストーブで燃やされたり、壁の下張りになりました。

 ドイツではこの体験が語り継がれてきました。欧州最大の経済大国となってからも、貯蓄の相当な割合を現物の金で保有する人が多いのは、この「国民的な記憶」のためです。

以前のドイツでは1万5000ユーロ(邦貨約220万円)未満の金を売り買いする場合、身分証明書を示す必要はなく、店頭で「匿名取り引き」ができました。ところが、2015年にこの上限が1万ユーロに下げられました。

 そして2019年の暮れ、ドイツ政府は「新年の元日から上限を2000ユーロ(邦貨約29万円)とする」と発表したのです。一挙に5分の1に減額。当時の金価格で見ると、匿名で237gの金地金を買えたのが、元日からは47gまでしか買えなくなるわけです。ドイツ人に人気の高い地金は小さなものでも50gですから、それはもう匿名では買えません。

 この規制が報道されると、ドイツの銀行や金地金商の店には長い行列ができました。クリスマスの季節なのに、贈り物のためではない行列に市民は驚きました。

ドイツ政府は「匿名売買」の上限を5分の1に引き下げた理由について「マネーロンダリング(資金洗浄)のリスクが高まっているため」と説明しました。これに対して、連邦議会では自由党の議員らが質問を浴びせました。

議員:過去5年間に金の匿名取引は何件ありましたか?
答弁:連邦政府には、そのデータがありません。

議員:貴金属の取り引に関する刑事事件は何件ありましたか?
答弁:過去2年間に金融取引捜査中央局が調べた疑わしい取引は13万7000件で、貴金属が関係した取引は239件でした。

議員:その239件のうち1万ユーロ以下の匿名取引は何件でしたか?
答弁:4件です。

 議員たちは「たった4件のために上限を大幅に引き下げるのは理不尽だ」と、怒りました。しかし、政府は法案説明で「将来は上限をさらに半分の1000ユーロにしたい」と述べており、金取引への逆風をさらに強めようとしています。こうした経緯を見ると、マネーロンダリングは口実に過ぎず、やみくもにドイツ人の金購入にブレーキをかけたいだけなのでしょう。

 印刷物に過ぎない不換紙幣のユーロへの信認を維持するには、金の価格が上がると困るからです。「世界の中央銀行はインフレの実態を隠すために金価格を破壊してきた」というハンブロ氏の言葉を思い出してください。EUは世界一を誇るドイツ人の金保有量をこれ以上増やすわけにいかないのです。

 ちなみに日本の金地金業者によると、日本では金地金の売買には運転免許証などによる身元確認が必要です。200万円以上の金を売却した場合、取り引きの記録は税務当局へ送られますが、200万円以内の場合、取引記録は販売業者の手元に保管されます。 

日本では金に対する国民の関心が低いので、当分はこの方式が続くかもしれません。日本人が金に目覚めたら規制を厳しくするかもしれませんが。(サイト管理人・清水建宇)

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