金を時価で再評価すれば、巨額のおカネを得られるが・・
先週のこのコラムで、トランプ大統領が関税攻勢を打ち出してから、ロンドンやスイスなどから大量の金塊が米国へなだれ込んでいることを書きました。そして、米国は保有する金を時価で再評価しようとしているのではないか、という専門家の指摘も末尾に記しました。1週間が経過して、米国ではいま「再評価」をめぐる論議が急に沸き起こっています。
きっかけは、新たに財務省の長官に就任したスコット・ベッセント氏が2月3日、「米国のバランスシートの資産を貨幣化する」と述べたことです。難しい言い回しですが、要するに国有財産をおカネに変える、ということです。
米国の国有財産の大きなものは、膨大な土地でしょう。海外にたくさん保有している米軍基地も巨額の資産です。しかし、これらをおカネにすることは難しいし、手続きは複雑で、時間もかかります。容易におカネに変えられるのは、通貨の準備資産として財務省が保有する8,133トンの金塊しかありません。
この金塊は、1973年に1オンス(約31g)=42.22ドルと定められ、政府の帳簿上ではこの公定価格が今日まで据え置かれてきました。しかし、このところ金価格は2,900ドル前後で取り引きされています。政府が保有する金塊を市場価格で再評価すれば、簿価が一気に69倍に跳ね上がります。新規の国債を発行したりせずに、約7500億ドルもの差額を手に入れることができる計算です。しかも、金を売却せず、値段を書き換えるだけなので、政府が保有する金塊は1gも減りません。
手続きも簡単です。まず連邦議会が金の公定価格の引き上げを承認します。次に財務省が連邦準備制度(FRB)に新しい値付けをした金証券を渡します。FRBは7500億ドルの資産が増えるので、それに見合うドルを発行し、財務省の連銀当座預金口座にそのドルを入金します。昨年の選挙で、議会も共和党が多数派になったので、トランプ大統領が再評価を決断すれば、実現の可能性は高いでしょう。

米国が金の公定価格を引き上げた前例があります。大恐慌で経済がマヒし、国家財政は巨額の赤字を抱えて身動きできず、取り付け騒ぎで数千の銀行が倒産した1933年春のことです。就任したばかりのF・ローズベルト大統領は、国民が保有していた金貨や金塊、金証券を公定価格の1オンス=20.67ドルで強制的にドル紙幣と交換させました。銀行が保有していた金塊も連邦準備銀行に引き渡すように命じました。そのうえで、公定価格を35ドルに引き上げたのです。金価格はドルに対して69%も切り上げられました。これによって得た資金で、政府はニューディール政策を進めました。
米国は新価格で金を無制限に購入すると発表したため、世界中から金が米国に流入しました。したがって、このときの公定価格引き上げは、単なる保有金の「再評価」以上の影響を世界経済に与えたと言えるでしょう。
いま論議の的になっている「再評価」に近いのは、カリブ海の島国であるサン・マルタンの事例です。同国の中央銀行は2020年に経営難に直面しましたが、準備資産として保有していた金塊の一部を市場価格で売却し、帳簿価格との差益で危機を乗り切りました。
とはいえ、人口3万5千人の小さな国と、世界経済を支配する基軸通貨の米ドルとでは、影響はまったく異なります。米国政府は保有する金の公定価格を低く抑えることによって、いわゆる「含み益」を持っており、それが米ドルの信認を支える要因の一つになっているでしょう。しかし、再評価して貨幣化し、含み益をすべて吐き出してしまうと、ドルの信認にどんな影響を与えるか、わかりません。
もうひとつ、再評価によって7500億ドルの新たな財源を得たとしても、米国が抱える公的債務が余りにも巨額すぎて、国債の利払い費の1年分にも満たない、という問題もあります。米国が保有する8.133トンの金は、2位のドイツの2.5倍もありますが、それでも再評価で得られる資金は米国の財政危機に対して「焼け石に水」にしかならないのです。
問題がいろいろ指摘されたからか、ベッセント財務長官はその後、「金の再評価は私が考えていたことではない」と否定しました。
しかし、金の再評価をめぐる論議がたかまったことで、別の論議に飛び火してしまいました。帳簿上の金価格を再評価して新たな財源を得るにしても、金が実際に保管されていればこその話です。トランプ大統領は今週、金塊の6割が保管されているケンタッキー州のフォートノックスを訪れると発言しました。「もし金がそこになければ、私は非常に動揺するだろう」とも語りました。
じつはフォートノックスの金が最後に監査を受けたのは50年も前のことで、それ以後、金がきちんと保管されているかどうかは監査されていないのです。トランプ大統領が金の保管情況を知って「動揺する」恐れは、ゼロではありません。
この問題については来週、書くことにします。(写真は学習塾リアルの教材から、サイト管理人・清水建宇)