金はドルの価値を容赦なく採点する
新聞やテレビは「金価格が上がった」とか「下がった」と報道するのが常です。この言い方は、金を石油や小麦などと同じ「商品」として扱っているからです。経済新聞では日々の金価格を商品市況欄に載せています。
しかし、金にはおカネ=貨幣の側面があります。国際金融の世界では、金は「XAU」という通貨コードを持ち、コード「USD」の米ドルなどと同じように通貨として扱われています。
各国の貨幣を比較して実勢を表す為替相場は、私たちにとってもなじみ深いものです。最近は円の対ドル相場が「1ドル=160円」を割って円安が進行したとか、日本政府が巨額の資金を投じてドル売り・円買いの介入に踏み切ったとか、毎日のように大きく報じられています。
金も「おカネ」ですから、為替相場のように各国の通貨と比べ、それぞれのクロスレートを算出することができます。例えば、ドルの対金相場を算出してみましょう。7月12日のロンドン市場で金現物価格は1オンス(31.1g)=2411ドルでしたから、1ドル=金0.013gとなります。
この数字は何を意味するのでしょうか。金は、人類史に登場してからずっと同じ購買力を保ってきました。前にも書きましたが、2500年前のローマ時代の衣装、チュニックと「トガ」と呼ばれる大きな布を買うには、1オンスの金が支払われました。現代の米国で有名紳士服店にスーツを仕立ててもらうにも、やはり1オンスの金と同額のドルが必要です。つまり2500年もの間、金は同じ価値を保ってきたのです。
西暦301年、ローマ皇帝は食品の最高価格についての勅令を出しました。当時の貨幣は216デナリウス=金1gだったので、今の価格に置き換えることができます。これによると、
・豚肉1ポンド(453g)=4ドル
・卵1ダース(12個)=3.3ドル
・高級ワイン(740ml)=11ドル
・ビール1L=3ドル
現在の米国での価格とほぼ一致します。金が2300年前と同じ購買力を保ってきたことが分かります。
この金をモノサシとして使えば、おカネのほんとうの価値を計ることができるでしょう。つまり、ドルの対金相場は、ドルの価値=購買力を示す数値なのです。
1971年にニクソン大統領が「ドルと金の交換」を停止した後、ドルは金の裏付けを失い、為替市場での評価によってふわふわと浮き沈みする存在になりました。また、米ドルが金と交換できたときは、ドル紙幣の発行額に米国の金保有量という制限がありましたが、その制限はなくなり、政府と中央銀行の判断でドルをいくらでも発行できるようになりました。他の通貨もドルと同じように何も裏付けを持たない不換紙幣、つまり紙切れです。
それから50年余りを経て、米ドルや各国の通貨の価値=購買力はどう変ったでしょうか。
1971年は1オンス(31.1g)の金が42.5ドルだったので、対金相場は米1ドル=0.73gでした。これと比べると、先週の対金相場の1ドル=0.013gは、じつに50分の1以下です。言い換えると、金の裏付けを失ったこの50年余りで、ドルの価値=購買力は98%も失われたわけです。
上のグラフを見てください。1971年のニクソンショック後の50年間で、世界の主要通貨の対金レートがどのくらい下がったか、すなわち価値=購買力をいくら失ったかを示しています。もっとも低下率の少ないスイスフランでさえ91%の減少で、ほとんどが50分の1近くに減ってしまいました。
これは「金」という先生が採点した通貨の通信簿と言えるでしょう。先生は容赦なく、厳格に、点数をつけます。その結果は、見るも無残な数字です。学校なら全員が「落第」です。(以下、次号。サイト管理人・清水建宇)