金による採点をごまかす方法――②先物市場で価格操作
欧州の中央銀行などが、保有する現物の金塊を売却して金価格を押し下げようとする試みは、2009年まで20年間ほど続けられましたが、頓挫しました。次に金価格を押し下げる仕組みとして利用されたのが、金の「先物取り引き」です。
先物取り引きとは、3カ月先とか6カ月先など将来の時点における価格を決めて売り買いすることを言います。世界で初めての公認先物市場は、江戸時代の米取り引きの中心だった大阪の堂島米市場でした。
江戸時代、各藩は年貢として納められた米を大阪へ運び、1枚あたり10石の米と交換できる「米切手」を発行し、入札制で仲買商人に売却しました。この米切手が、運送途中の未着米や次の収穫期の米についても発行され、盛んに売り買いされるようになります。
海難事故が起きれば米は到着しないし、冷害や干害などで飢饉になるとと米の価格が値上がりします。先物取り引きには将来の価格変動に備える(ヘッジ)機能があり、江戸幕府もこれを公認しました。西欧よりも早く先物市場をつくった大阪商人の知恵はたいしたものです。
金の現物市場はロンドンが中心ですが、先物市場の中心はニューヨークの商品取引所(COMEX)です。金の先物取り引きにも「将来のリスクに対してヘッジする」機能がありますが、それよりも投機的な取り引きという側面が大きいでしょう。レバレッジ(てこ)が認められており、差し入れる証拠金の最大30倍近くまで金を売り買いができるからです。
取引単位は金1kgです。8月9日の価格で説明すると、1kgの金は約7万8000ドルですが、先物市場では2600ドル前後のの証拠金で売り買いができます。つまり手持ち資金の30倍近い金を動かせるわけです。その結果、取引額は巨額になり、COMEXによると、一日の平均出来高は2000万オンス(約622トン)にのぼります。その90%は電子取引で行われ、瞬時に決済され、値動きはリアルタイムで公開されます。
欧州の14の中央銀行が「ワシントン合意」を結んで1年間に最大400トンの金現物を売却していたことを考えると、たった一日でその1.5倍が取り引きされるのですから、いかに巨大な市場であるか、想像できるでしょう。金価格は先物市場で形成されるようになりました。
この金先物市場で不正な取り引きが横行しているとして、FBIニューヨーク支局が捜査を始めたのは2008年のことでした。膨大な取り引きを調べたところ、貴金属取引の大手であるJPモルガン銀行のグループが中心であることが分かり、2019年9月、取引部門のマイケル・ノワック責任者らを詐欺罪、組織犯罪対策法違反などの罪で起訴しました。
司法省によると、「ノワック責任者らはJPモルガン銀行のニューヨーク、ロンドン、シンガポールの支店を舞台として、8年間にわたり5万回以上の偽注文を繰り返し、金の先物価格を操作した」としています。
2023年、主犯格のノワック責任者に「懲役1年、罰金3万5000ドル」の判決が下り、他の被告も有罪判決を受けました。また、法人としてのJPモルガン銀行に対しても、被害補償と罰金を含めて9億2000万ドルの支払いを求めました。
彼らの手口は次のようなものです。まず、大量の売り注文を出して価格を下げます。ほかの市場参加者が驚き、うろたえて金先物を売り、さらに価格が下がったところで買い戻し、利ザヤを稼ぎます。大量の売り注文を出して、価格が下がった直後に売り注文を取り消す手口もありました。安値で買い、通常の価格に戻ったところで売って利益を得るわけです。
この偽取引では、金の先物価格を意図的に下げる価格操作が一般的です。犯行に加わった金トレーダーは計10人ほどですが、司法省の検事は最終弁論で「彼らは世界の金価格を操作する力を持っていた」と述べました。金のアナリストは、先物市場でのこうした不正取引で金の価格は長い間、押し下げられたと見ています。
この判決の後、事件の波紋はさらに広がります。(以下次号、サイト管理人・清水建宇)