「金」の眼鏡で見た おカネの風景

途方もない巨額の米国債務がトランプ氏に立ちはだかる

 前回の記事で、トランプ氏の側近や共和党のシンクタンクなどに「金」の役割を重視しようという人が少なからずいることを書きました。この人たちは、価値の裏付けを持たない米ドルをどんどん発行してきた結果、国の借金(政府債務)が途方もない金額に膨れ上がったことを心配しているからです。

 米ドルが金とのつながりを失ったのは、1971年、ニクソン大統領が米ドルと金の兌換を停止してからです。それから10年後、レーガン大統領が就任した時、米国の政府債務は0.9兆ドルでした。
 
さらに20年後、ブッシュ(息子)大統領のときに政府債務は10兆ドルの大台を超えました。10倍に膨れ上がるまでに20年間かかったわけです。いま振り返ると、このころは財政を余り心配せずに済む牧歌的な時代でした。しかし、次の大統領から事態は急変します。

 オバマ大統領は2期8年で、債務を8.3兆ドル増やしました。次の第一次トランプ政権は、4年間で8.2兆ドル増やしました。バイデン大統領の任期は来年1月までですが、8兆ドル増えると見込まれています。つまり最近の3人の大統領だけで、16年間に24兆ドル以上の債務を増やしたわけです。下のグラフがすさまじい増加ぶりを示しています。

 米国の財政年度は10月から翌年9月ですが、24年度の政府債務は35.5兆ドルに達しました。日本円でいうと約5500兆円です。これは米国のGDP(国内総生産)の1.25倍になります。「経済政策に力を入れて、債務を上回るGDPの伸びをめざせばよいのではないか」と考える人もいるでしょう。でも2020年と比較すると、GDPの伸びよりも債務の伸びがずっと大きいのです。GDPは債務に追いつけず、引き離されるばかりです。

この結果、24年度の債務利息の支払いは8900億ドル(約137兆円)に達し、ついに国防費を上回ってしまいました。米国の歳入の25%が借金の利払いに費やされたわけです。今はゼロ金利時代に発行した低利の国債が多いから、この程度で済んでいますが、今後は高金利の国債が増えるので、利払い費は増える一方です。今年は7カ月で1兆ドルというペースで債務が増加しましたが、来年はもっとハイペースで増加すると言われています。

 国際投資の認定専門家でつくる米CFA協会は今年7月、世界の認定専門家4000人を対象に「米国の政府債務をどう見るか」調査しました。その結果、77%は「米国の財政は持続できない」と回答しました。また63%は「今後5~15年で米ドルは準備通貨としての『卓越した地位』を失う」と答えました。つまり基軸通貨でなくなる、というのです。

 戦後の米国の豊かさは、世界最大の貿易商品である石油が米ドルで取り引きされるようなったことなどを機に、米ドルが基軸通貨の座を得たことが大きな要因でした。世界の国々が米ドルを準備資産として求めたため、米国は「打ち出の小づち」を振るように、いくらでも国債やドル紙幣を発行できました。その特権は遠からずなくなる、というのです。

 トランプ氏は大統領選挙の期間中、「大規模な減税を恒久化する」「中国からの輸入品に60%の関税をかける」「国境の壁を完成させて数千人の兵士に監視させる」、などの公約を訴えました。これらの政策を実行した場合、米国の債務はどうなるのか。

 超党派の組織である「責任ある連邦予算委員会」の試算によると、トランプ氏の政策だと「向こう10年間で7.8兆ドルの財政支出が増える」としています。トランプ氏の政策はカネがかかるのです。

 世界一の富豪であるイーロン・マスク氏は、今回の大統領選でトランプ陣営に巨額の寄付をし、現在はトランプ氏の自宅で寝起きするほど、密着しています。そのマスク氏は米国の債務急増に強い危機感を抱き、「わが国は極めて急速に破産に向かっている」「債務が1兆ドル増えれば、私たちの子どもや孫が、それを支払わねばならない」と発言しました。

 トランプ氏は11月12日、親しいラマスワミ氏とともにマスク氏を「政府効率化省」のトップに任命しました。政府の正式な機関ではないそうですが、予算の編成や執行にかなり介入するでしょう。マスク氏は「2兆ドルの歳出を削減する」と述べています。

 そうなると、カネのかかるトランプ氏の公約実現にマスク氏がブレーキをかける場面が、しばしば起きるのではないか。二人の蜜月はいつまで続くのだろうか。分からないことがたくさんあります。(グラフは 7月のwolfstreetから、サイト管理人・清水建宇) 

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