基軸通貨は「打ち出の小づち」を持つ
国際標準化機構によると、世界には159種類の通貨があります。このうちユーロは欧州の20か国が使っているので、ユーロ圏を加えると、国連加盟国の9割余に当たる180近い国が自国通貨を持っている計算です。
しかし、この中で国際的な貿易決済や金融取引、外貨準備などにも使われる通貨となると、米ドル、欧州ユーロ、日本円、英ポンド、中国人民元など、わずかしかありません。その中でも米ドルはきわめて大きな比率を占め、「基軸通貨」の座についています。
ある国の通貨が「基軸通貨」と認められるには、3つの条件を満たさねばなりません。
第1は、その通貨を発行する国の経済規模が大きく、十分な流動性のある金融市場を持っていること。第2は、金融市場の参加者が規律を守り、為替や金利が決まる過程の透明性が高いこと。第3は、このシステムを誰からも侵略されずに守ることができる政治力と軍事力を、その国が備えていること。
この条件を満たす国は、現在、米国しかありません。
第2次世界大戦が終わる直前の1944年7 月、米国のブレトンウッズで行われた会議で、①米国がドルと金との平価を設定し、②次に各国がそのドルと自国通貨との間で交換レートを設定するという「金ドル本位制」が決まりました。米国は、他国の政府・中央銀行からドルを金と交換するよう求められたときは平価で金を渡しますが、個人や企業に対しては金を渡す義務はありません。きわめて限定されたかたちですが米ドルだけは金本位制が踏襲されました。この米ドルが他の通貨の交換レートの基準になるので、通貨のシステムは安定すると期待されました。
この決定により、米ドルが他の通貨の価値を決める役割を担うことになり、それまでの英ポンドに代わって、米ドルが「基軸通貨」の座についたのです。
興味深いのは、米国が1971年のニクソンショックで金本位制を完全に廃止し、他の通貨と同様に不換紙幣となって、為替市場でぷかぷか浮遊する存在になった後も、こんにちに至るまで「基軸通貨」の地位にあることです。いや、米ドルは金という価値の裏付けを失い、金の足かせを外されたあと、かえって「基軸」性を強めたようにも見えます。
米国は世界経済の25%を占めているだけなのに、世界の外貨準備の58%は米国債を含めた米ドル資産で占められています。ユーロの20%、日本円の6%、英ポンドの5%を押さえて、ダントツの1位です。
貿易を見ても、ユーロ圏以外の世界各国は輸出の70%を米ドルで請求し、米ドルで決済されています。また多くの途上国では、自国通貨よりも米ドルが好まれ、米ドルやドル資産が貯蓄に使われたり、闇経済で流通したりします。
米ドルが世界中で使われるには、十分な量の米ドルが諸外国に保存され、流通していなければなりません。それには米国が貿易赤字のかたちで諸外国にドルをもたらす必要があります。米国は2022年に外国から3.3兆ドルの商品やサービスを輸入し、2.1兆ドルを輸出しました。差し引き1.2兆ドルが1年間で相手国に残った計算です。
この貿易赤字は米国にとってマイナスではありません。相手国の人びとや企業は、手元に残った米ドルを次の貿易決済のために蓄え、「世界で最も安全な資産」とされる米国債を購入したり米ドルで投資したりするので、米ドルの需要はきわめて多く、米国はドルの価値が下がる心配をしなくてもいいのです。
「1万円札」を説明した記事で、不換紙幣を発行した場合、紙と印刷代を額面から引いた「通貨発行益(シニョレッジ)は国のものになると書きました。日本円の場合、円のシニョレッジは円の流通範囲に限られますが、基軸通貨国の場合、世界中で流通することを想定し、巨額の紙幣を発行することができます。
最高額の米ドル紙幣は「100ドル札」で、印刷費は1枚数セントに過ぎません。1枚印刷するごとに100ドル近い通貨発行益が米国のものになります。外国の商品やサービスを購入したければ、ドル紙幣をどんどん印刷すればいいのです。この100ドル紙幣の75%は米国以外の国・地域で流通しているそうです。
米国にとって、基軸通貨であるドルは「打ち出の小づち」のようなものと言えるでしょう。貿易赤字を出し続けることは、自分の収入(輸出)を超える支出をしながら暮らしているようなもので、他の国では続けられませんが、米国は続けることができます。フランスの財務大臣が「とてつもない特権(exorbitant privilege)」と呼んで悔しがったのも当然です。
第2次大戦前まで基軸通貨だった英国のポンドは、おおむね金本位制のもとにあり、兌換紙幣でした。現在の米ドルは50年以上も前に金の裏付けを失い、不換紙幣になってしまったのに、どのようにして「基軸通貨国」の地位を維持してきたのでしょうか。
その疑問に対する答えの一つは、サウジアラビアと交わした秘密協定です。
(以下次号 サイト管理人・清水建宇)