「金」の眼鏡で見た おカネの風景

原価18円の紙が「1万円札」として通用する理由

  いまの1万円札は、表に福沢諭吉の肖像、裏に鳳凰が描かれています。繊維が長くて耐久性の強いミツマタでつくった特別な紙です。ミツマタは昔から和紙の原料として使われてきましたが、栽培する農家が減り、現在は9割をネパールなどから輸入しています。また、偽造を防ぐため、印刷には最先端の高度な技術が使われています。

福沢諭吉の1万円札の場合、製造原価は一枚あたり18円でした。今年の7月から渋沢栄一が描かれた新しい1万円札が登場する予定で、すでに国立印刷局で製造が始まっていますが、こちらの原価は一枚当たり20円を超える見込みです。

 紙幣というものは、じつに高級な印刷物です。とはいえ、鼻をかむにも、モノを包むにも役立ちません。私たちは、その紙に「1万円」の値打ちがあると信じ、支払ったり、受け取ったり、ため込んだりしています。

 なぜでしょうか。

 1万円札を見てください。「日本銀行券」と書かれ、大きく「壱万円」の額面があり、その下に「日本銀行」とあります。つまり、国家ではなく、日本銀行法に基づく認可法人で財務省所管の株式会社日本銀行が発券したものです。製造原価などを差し引いた9980円の通貨発行益(シニョレッジ)は日本銀行に入ります。ここから日本銀行のさまざまな支出をまかなったあと、残りは国庫に納付する仕組みです。

 貨幣の発行は、国家の重要な主権のひとつですが、日本の場合は中央銀行が発行の実務を担い、その通貨発行益を国が受け取るやり方になっています。

 欧米や日本が金本位制だったころは、定められた量の金と換えられる「兌換(だかん)紙幣」が発行されていました。現在は何とも換えることができない「不換紙幣」です。

 「1万円札」のような中央銀行券は、その信用に基づいて発行されたものであり、本来は中央銀行の「債務」です。言い換えると国民から前借りしたかたちです。しかし、不換紙幣なので返済の義務は生じません。 

とはいえ、価値の裏付けがまったくないままで、原価20円の紙を「1万円札」と信じてもらうのは容易でありません。現在、日本銀行は財務省が発行する日本国債などを市場で購入し、その国債を紙幣の裏付け資産のように保有しています。日銀が支払った国債の代金が、政府や金融機関に流れるわけです。

 この仕組みは「国債本位制」と呼ばれることがあります。自ら、そう名乗っている国や中央銀行はありませんが、仕組みそのものは米ドルも欧州のユーロも同様で、発行する紙幣の準備資産の一つとして国債を保有しています、

 ただ、不換紙幣そのものが日本銀行にとって債務であるのに、その裏付けが国の債務の紙証文であるというのは、なんだか不安です。へそ曲がりの私は「借金で借金を保証して大丈夫なのか」と、疑問が消えません。

 日銀券と日銀の保有国債との関係にはルールがありました。2001年3月、当時の速水優・日銀総裁が量的緩和に踏み出すに当たって決めたもので、「日銀による長期国債の購入額は、紙幣の発行残高より少なくする」という内容です。ひらたく言うと「政府がもっと国債を買えと要求しても、日銀がもう買えないと断る限度を設ける、ということです。紙幣への信認を損なわないようにするための措置で、「銀行券ルール」と呼ばれています。

 しかし、安部政権下の異次元緩和で、このルールは脇に置かれました。日本銀行は「国債の保有残高を2倍にする」と宣言して買い進め、ことし3月末現在、日銀が抱え込んだ国債残高は589兆円と、じつに発行された国債の半分以上に達してしまいました。

 日本の財政が多少なりとも健全であれば、中央銀行が巨額の国債を抱え込んでも、目くじらをたてなくてもいいのかもしれません。ところが、日本の財政は悲惨な状況です。

 政府の総債務残高がGDP(国内総生産)の何倍にあたるかを調べたランキングで、日本は2.52倍で、スーダンに次ぐ世界ワースト2位。経済破綻の恐れがあると騒がれたギリシャ(1.68倍)やアルゼンチン(1.58倍)にも大差を付けました。日本国債に対するムーディーズの格付けは、上から5番目の「A1」で、中国、韓国、台湾にも負けています。

 となると、私たちが原価18円の紙を1万円札と信じる大きな理由は「法定通貨」であることかもしれません。日本銀行法46条は「(日本銀行券は)法貨として無制限に通用する」と定めています。ただし、この条文は「紙幣を受け取る義務」を述べているだけで、その価値=購買力は保証しません。

 不換紙幣である日銀券の価値=購買力は、売り主が値段をつけ、買い主が合意して支払うことによって決まります。取り引きの条件は日々変わり、経済危機が起きれば売買の合意が成立しにくくなるでしょう。売り主が法定通貨以外の支払いを求めることも起こりえます。

 21世紀の現代で、ある国の法定通貨が崩壊してしまうという事態が実際に起きました。(以下次号、サイト管理人・清水建宇)

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