「金」の眼鏡で見た おカネの風景

リーマンショックを予測した投資家が選んだもの

 リーマンショックを覚えていますか。米国で低所得者向けのサブプライム住宅ローンが行き詰まり、2008年9月、投資銀行のリーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻して、そこから世界金融危機が広がりました。戦後最大の世界不況をもたらした事件です。

 日本でも東証株価指数が暴落して25年ぶりの安値をつけ、「派遣切り」や「雇い止め」が相次いで社会問題になりました。

 「低所得者向けの住宅ローン」はすなわち「返済が容易でない人向けの貸し付け」ですから、それなりのリスクがあるのは当然です。だれでも理解できます。ところが米国の金融界では、数千件のローンを集めて「住宅ローン担保債券」に変え、格付けごとに切り分けて証券として販売するビジネスが活況を呈しました。

 さらに、低い格付けに分類された債券を「特別目的会社」に移し、そこが発行したかたちで「債券担保証券」としても投資家に販売しました。書いていて頭が痛くなるような複雑な仕組みですが、この結果、元の住宅ローンのリスクが見えにくくなります。

 格付け機関は、リスクを評価するために存在するはずですが、「住宅ローンを借りた人が一斉に債務不履行に陥ることは考えにくい」という理由で、債券担保証券の80%に最高の「トリプルA」を与えました。こうして「サブプライム住宅ローン」を元にした複雑な金融商品が大量につくられ、投資銀行は巨額の販売手数料を受け取って、金融業界は空前の好況に湧きました。

 ところが、この複雑な仕組みを解明し、疑問を抱いた投資家が数人いたのです。彼らは「遠からず破綻する」と確信し、債券担保証券が破綻した場合の保険に相当する「Credit Default Swap=CDS」を買い集めました。空前の好況が続いていたので、安値で手に入りました。これは実質的な「空売り」であり、破綻するほうに賭けたのです。リーマンショックが起きてCDSは急騰し、この人たちは巨額の利益を得ました。

 ドキュメンタリー作家のマイケル・ルイス(私の大好きな作家です)は破綻に賭けた人を徹底的に取材して、『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』を書きました。この本は2015年にブラッドピットらの出演で映画化され、アカデミー賞(脚本賞)を獲得しました。

 さて、ここからが本題です。マイケル・ルイスは次の作品のテーマをギリシャなど欧州の経済危機にきめ、空売りに賭けた投資家の一人、テキサス州のカイル・バス氏に意見を聞きに行きました。バス氏は「リーマンショックは、次に起きる経済危機の予兆にすぎない」と断言し、すでにギリシャやポルトガルなどの国債のCDSに投資していました。
 
マイケル・ルイスが「お母さんから何に投資したらいいかと相談されたら、あなたはどう答えますか」と質問したところ、バス氏は即座に「銃と金」と断言しました。銃は身を守るため、金は蓄えを守るため。

 「金と言っても先物取引の証書じゃないですよ」と言い、大きな金のインゴットを持ってきてドンと置きました。金とプラチナのインゴットをどっさり持っているといいます。「実際にある金の現物よりも先物取引のほうが多いから、次の経済危機では金の証書は機能せず、持ち主は空手形をつかまされていたことに気づくでしょう」

 後日、マイケル・ルイスが再びバス氏を訪ねたとき、彼は「百万ドル分の5セント硬貨を買ったばかりだ」と言い、ダラスの現金輸送会社の倉庫に保管された2000万枚の5セント硬貨の箱の写真を見せました。

 「1枚の5セント硬貨に含まれるニッケルや銅には、6.8セント分の価値があるんです。知ってましたか」。彼は法定通貨のドルの価値が下がることを見越して、ヘッジをかけたわけです。「これから2年以内に、きっと5セント硬貨の金属含有量が変わります。今のうちに買っておくことをお勧めしますよ」

 バス氏とのやりとりは、マイケル・ルイスが2012年に上梓した著書『ブーメラン』(邦訳は文藝春秋社刊)の序章に書かれています。

 100万ドル(1億5000万円)を投じて2000万枚の5セント硬貨を買ったカイル・バス氏は愚か者でしょうか。紙幣の価値は下がらないと信じている人は賢いのでしょうか。(写真はfreepic 、サイト管理人・清水建宇)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です