ウクライナ大統領に改革派のクチマ氏
1994年7月11日、ウクライナ大統領選の決選投票の結果、ロシアとの関係強化による経済改革を訴えたクチマ元首相が勝利した。この結果、旧ソ連諸国で高まっているロシアとの再統合機運は、5200万人の人口を抱える大国ウクライナでも高まると見られる。クチマ氏は、前年に年率8000%に達したインフレや工業生産の落ち込みによる経済危機を克服するため、ロシアとの経済統合を主張してきた。ウクライナからの自立をめざすクリミアでは9割がクチマ氏に投票した。
◆いま◆
クチマ氏が2期10年務めた後、ロシアと距離を置くユシチェンコ氏が就任し、2010年には親ロ派のヤヌコーヴィチが引き継いだ。2014年、親米英派による暴動で退陣し、次のポロシェンコ氏、現在のゼレンスキー氏と親米英派の大統領が続いている。
今から30年前は円高だった。
◆ 2024年の円相場は7月11日時点で1ドル161円を超えている(12日には政府・日銀による市場介入で一時1ドル=157円台半ばになった・・注)が、1994年6月21日のNY市場で円は初めて100円を突き抜けた。27日には東京市場でも100円を下回り、11月2日には最高値96.40円を記録した。この間のいきさつを少し追いかけてみる。
◆ 話は1980年代に戻る。1970年代から90年代半ばまで、アメリカはひどい経済状況にあった。日本のメーカー(特に自動車)が、低価格・高品質商品を引っさげてアメリカ市場に乗り込み、アメリカの産業は低迷した。
80年代アメリカ経済の衰退をもたらしたのは、スタグフレーション【=景気低迷による高失業率と持続的な物価上昇が同時に起こる状況】と生産性上昇率の鈍化の2つの要因による。73年から80年までの平均生産性上昇率はほぼゼロにまで低下した。
この問題を解決するために「レーガノミクス」と呼ばれる施策がとられた。
レーガン大統領によるアメリカ経済再建策は次の4つの柱からなる。
① 歳出削減(福祉関連は大幅削減だが国防費は増加)
② 減税(個人所得税減税+企業税減税)
③ 規制緩和(民間の活力が十分に発揮できる環境を整える)
④ マネーサプライ【=通貨供給量】の伸びを低く抑える(高まったインフレ期待を引き下げるために、金融引き締め)
結局レーガノミクスによって2つの顕著な結果がもたらされた。大幅減税と軍事費の増大などで「財政赤字が拡大」したこと、強力な金融引き締めによる「国内金利の大幅な上昇」が起こったこと。
国内高金利のため外資流入がスムーズに行われ、米ドルは各主要通貨に対し一方的なドル高になった。そのため一層輸入が拡大しアメリカは貿易赤字を抱えた。
財政赤字の拡大+経常収支の赤字拡大は「双子の赤字」と呼ばれた。
◆ 1985年プラザ合意
米国は「双子の赤字」の拡大により、ドルの価値が揺らぎ、世界経済の懸念要因となってきた。米国の貿易赤字の大半が日本との貿易によるものだから、為替を円高・ドル安に誘導することで米国の輸出競争力は高まり、貿易赤字を減らすことができる―—プラザ合意はそれが目的だった。日本ではこの合意後、急速に円高が進み、輸出が減少し、国内景気は低迷しはじめた。
◆ 93年1月に発足した民主党のクリントン大統領は、4月の日米首脳会談で「貿易不均衡の是正には円高が有効」と発言し、さらなる円高に誘導した。
94年12月末メキシコ通貨危機でドルが暴落。メキシコの通貨危機が、欧州通貨にも飛び火し下落。「有事の円買い」という根拠のはっきりしない理由から円が買われ、95年4月19日に過去最高値79.75円を記録した。
◆ 30年ほど前はこうだったが、最近の円安の原因は、欧米の急ピッチな利上げ、それによる円の売り圧力、つまり、海外の金利に比べて日本の金利が低いため、円を売って外貨を買い海外で運用する動きが強まっているから。加えて、日本を上回る海外の物価上昇が考えられる。しかし本質的なところでは日本経済の成長力が鈍く、円の実力低下、「日本売り」が起こっているためだ。企業の生産拠点が海外に移転し、国内産業が空洞化していることに加えて、化石燃料輸入に頼る産業構造で、日本は貿易赤字が定着しやすい状況にある。インフレ、デフレのまだら模様の経済の現況から、日銀による利上げも中途半端にならざるを得ない。これらの要因から円安脱却は容易ではない。