「金」の眼鏡で見た おカネの風景

ウクライナ中央銀行は真っ先に金を売り払った

 米国の大統領選挙が11月5日に迫りました。米国民はもちろんこの選挙を注目していますが、ウクライナ政府と国民もハラハラして見守っているでしょう。トランプ氏とハリス氏のどちらが大統領になるかによって、この国の行方が変るからです。

 2022年2月のロシアによる軍事侵攻から5カ月後、ウクライナ中央銀行の副総裁は「外貨準備の金を売却した」と公表しました。ロイター通信が同年7月に報じました。

 国際金融の世界では、このニュースに驚きと疑問が相次ぎました。まず、「真っ先に金を売るとは、どういうことだ」という声が上がりました。外貨準備は緊急事態が起きて外貨を入手できなくなったときに経済を維持するためのもので、米ドルやユーロ資産と違ってソブリンリスク(通貨の発行国の信認危機)がない金塊は、最後までとっておく「虎の子」だというのが常識です。

 ウクライナ中央銀行の金売却は、その常識に反することですが、同中銀の副総裁は「国内の輸入業者が必要な商品を購入できるように、私たちは金を売却した」と述べました。つまり貿易決済の外貨を確保するためだというのです。それなら米国債などのドル資産や、欧州諸国の国債などのユーロ資産を売れば済むのに、なぜ真っ先に金なのか。

 もう一つの驚きは、売却した金塊が124億ドル相当と発表されたことです。世界金評議会(WGC)が公表する各国の公的金保有量によると、ウクライナは21.7トンです。仮に同年3月の金の高値である1オンス=2000ドルで売却したとしても17億ドルほどにしかなりません。差額の107億ドルはどうしたのでしょうか。

「ウクライナには金鉱山が乏しく、金が供給された可能性はない」「国内の商業銀行や他の金融機関が保有する金を利用したか、他の国や民間団体がウクライナに金を送ったのかもしれない」などの憶測が飛び交っている。――ロイター電を引用した日経新聞の記事(22年7月26日)は、ミステリ―のように締めくくられました。

 はっきりしているのは、ウクライナ政府も中央銀行も「おカネ」が足りない、ということです。戦争には巨額の費用がかかります。ウクライナ財務省によると、侵攻が起きた2022年度だけで、軍事費は前年度の6.5倍の約7900億フリブナ(邦貨2兆9000億円)に膨れ上がり、国家予算の4割近くを占めました。これがそっくり財政赤字となりました。

 戦争が長引けば、経済そのものが悪化し、税収も減ります。国民の2割近くにあたる約800万人が国外へ脱出しました。主要産業の農産物は輸出ルートを閉ざされ、有名な製鉄工場は戦場となり、発電所や変電所などの電力インフラはロシアの攻撃で破壊されました。

 米国や欧州連合は武器と資金を提供しましたが、それだけでは追いつきません。世界銀行や国際通貨基金(IMF)は融資のかたちで資金を提供し、日本も世界銀行融資のうちの50億ドル分(6850億円)を信用保証しました。

 それでもウクライナは「おカネ」が足りないのです。7月、米国の信用格付け機関フィッチはウクライナをCCから「債務不履行または類似のプロセスに入った」としてCに格下げしました。9月には「国際通貨基金(IMF)が通貨フリブナの切り下げと増税を求めている」と報道されました。増税には「消費税を20%に上げる」ことも含まれているといいます。
 
 ウクライナ政府は10月、来年度予算をまとめましたが、最低賃金や社会保障の基礎となる「生活費」の算定を「生存水準と結びつけない」と明言しました。新たに示された「生活費」は月額3000フリブナ(約1万円)です。たしかに月に1万円では生存できません。

 そのうえで、大幅な増税を打ち出しました。国民が所得に応じて支払う「戦争税」を一挙に3倍の「5%」へ。銀行の利益に対する税率を50%へ、それぞれ引き上げます。

 また、国外へ脱出した人を念頭に、6か月間の身元確認期限内に回答しなかった人の年金受け取り口座を差し押さえる法案も提出しました。ウクライナ政府は国外に脱出した人も戦場へ送ろうとしており、徴兵を避けたい人や家族は身元確認に応じたくないのです。

 ロシアとの戦況は良くありません。上官の命令を拒否し、あるいは脱走する兵士が増え、ウクライナの検察庁は今年1~4月だけで1万9000人の兵士に刑事手続きを開始しました。

 こうした苦境にあっても、米バイデン政権は9月末、ウクライナに80億ドル(1兆1000億円)の軍事支援を約束しました。一方、トランプ氏はウクライナ支援に否定的で、副大統領候補のバンス氏は「支援反対」を明言しています。ウクライナのゼレンスキー氏は何としてもハリス氏に勝ってもらいたいことでしょう。ロシアのニュースサイト「EurAsia Dayly」は1日、民家の塀に描かれた落書きを報じました。

 トランプ氏が勝つか、ハリス氏が勝つか、世論調査は5分5分のようですが、賭けサイトでは10月からトランプ氏(赤線)が上昇し、ハリス氏(青線)との差を広げています。

 賭けサイトは一部の金持ちが大金を賭けるとオッズが左右されるとの批判がありますが、iPhoneのアプリのダウンロードが急増しており、賭ける人のすそ野が広くなっています。ゼレンスキー氏は心痛の日々が続きそうです。(賭けサイトのグラフはZeroHedgeから、サイト管理人・清水建宇)

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