イスラエルとイラン、それぞれの「金」対策
昨年10月にパレスチナの武装勢力ハマスがイスラエルに奇襲をかけ、大勢の人質を取ってから、1年が経過しました。戦乱はレバノン、シリア、イエメンなどに拡大し、イランが10月1日に180発のミサイルをイスラエルに発射してからは、「第3次世界大戦」に発展するのではないかという不安が広がっています。
パレスチナに端を発したこの戦争では、あまり報道されてきませんでしたが、戦争の帰趨を決める重要な要因のひとつは、昔も今も当事国の「経済」です。「金」に対する最近の取り組みをみると、両国の対応は対照的です。
イランの関税当局によると、金の輸入量は今年前半の6か月間だけで計30トンに達し、これまでの同時期に比べて6倍もの量になりました。イランは米欧から厳しい経済制裁を受けており、これだけの金を輸入することは容易でありません。輸入の劇的な増加は、イランが金の供給ルートを確保できたことを示しています。
なぜ急に金の輸入を増やしたのか。アナリストは二つの理由を指摘しています。一つは、イスラエルがイランへの攻撃も繰り返すようになったため、戦時下でも石油などの貿易決済を継続できるようにし、さらには中央銀行の準備金を厚くして通貨リヤルの信認を高めることを目的にした、というものです。戦争拡大に備えたと言えるでしょう。
もう一つは、イランが今年1月からBRICSの加盟国になったことです。ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの頭文字をとったこの組織は、欧米と距離を置いた経済協力機構で、今年からペルシャ湾岸のサウジアラビア、アラブ首長国連邦やエジプト、エチオピアも加わって10か国に拡大しました。
今年の議長国はロシアで、10月に首脳が集まるサミットが開かれます。そこで協議される議題のひとつは、米ドルを使わずに域内の貿易を決済するシステムで、共通通貨についても論議される予定です。新しいおカネは「デジタル通貨とする」「金などで価値を裏付ける」などが計画されています。イランが今年輸入した30トンの金は、この計画にもかなうものです。BRICSへの加盟は、イランの地政学的な情況も改善させるでしょう。
一方、イスラエルのY Net News.com の報道によると、イスラエルのネタニヤフ首相は今年9月、政府に対して「200シェケル(約8000円)の高額紙幣を廃止する」「個人や企業が金や銀などの”現金代替資産”を大量に持つことを禁止する」などの措置を求めました。
ネタニヤフ首相は「違法な資金の流れを抑制し、闇のカネと闘うための抜本的な措置」と位置づけています。この措置が実現すると、2030年までに国の税収が年間900億~1150億シェケル(約3兆5000億円~4兆5000億円)増えると試算しています。イスラエルの歳入が2割ほど増えるわけです。
ロイター通信によると、格付け機関のムーディーズは9月27日、イスラエルの格付けを「A2」から「Baa1」に一挙に2段階引き下げました。「投資不適格」寸前です。イスラエルの戦争激化が歳出拡大に拍車をかけており、国防費の増加で国の財政赤字が拡大する、という予測に基づいています。
ロイターはさらに、イスラエルのライヒマン大学の研究所が「今年の経済成長はマイナス3.1%、財政赤字はGDP比で9.2%に悪化する」と予測していることを伝えました。ネタニヤフ首相はなりふり構わず、税収を増やそうとしているのでしょう。
しかし、金や銀の保有制限はイスラエルの国民に支持されるでしょうか。ユダヤ人は古代から民族離散(ディアスポラ)の苦難を受け、迫害されました。住んでいるところを追われても生き延びるために、どの国でも変らぬ価値を持つ金や銀をたいせつにしてきました。金や銀は民族の歴史的な記憶と結びついています。
「大量に持つな」と言われて、余分の金や銀を政府に差し出す人がどれくらいいるでしょうか。疑問を禁じえません。(地図は週刊エコノミストから、サイト管理人・清水建宇)