「石油と金の比率」が急騰するとき
石油と金は、世界経済にとってきわめて大きな影響力を持つ商品です。1オンスの金価格に相当する石油の量(バレル)を表す「石油と金」比率は、世界経済の安定度や健全性を示す指標と言われています。
第2次大戦後の混乱が収まった1950年から、ニクソン大統領による「金兌換」停止までの20年間は、米ドルが金で裏付けられていたため、この比率は11から13の範囲に保たれていました。米ドルが金とのつながりを断ち切られた次の40年間は、振れ幅が大きくなりましたが、それでも6~36の範囲でした。
下のグラフは1945年から2024年までの「石油と金」比率を表しています。2020年に、この数字が一挙に3倍に急騰したことがわかります。
この年は、新型コロナウィルスが蔓延し、世界規模の危機感が広がって、金価格が上昇しました。一方で外出禁止や渡航禁止などで経済活動は落ち込み、不況でエネルギー需要が減ったため、石油価格は急落しました。4月には数日間とはいえ、石油の先物価格が歴史上はじめて「マイナス」を記録しました。その結果、「石油と金の比率」が3倍に押し上げられたわけです。
「世界規模の危機感」と「不況の広がり」は、いま私たちの目の前で進行しつつあると言えるでしょう。先週、ウクライナ侵攻を第3次世界大戦に拡大させようという動きがいくつも重なり、一方で欧州を中心に工場の閉鎖や倒産、大量解雇が相次ぎ、不況が深刻化しつつあるからです。
ロシアによるウクライナ侵攻から1000日余り経ちましたが、ウクライナに武器と資金を提供してきた欧米は、これまでロシア本土を攻撃して戦闘が拡大しないように、ウクライナに長距離ミサイルを渡さず、ミサイルの照準を決める情報も制御してきました。
ところが米バイデン政権は突如、米国が提供した射程距離約300kmのATACMSミサイルの距離制限を解除し、ロシア領内の奥深くを攻撃することを承認しました。英国もストームシャドウの距離制限を解除しました。このことが発表されてから数時間後の11月18日夜、ウクライナ軍はロシアのブリャンスク地区へ6発のATACMSミサイルを発射しました。ストームシャドウも発射しました。
バイデン政権は、2億7500万ドルの資金をウクライナに送り、さらに対人地雷も認め、戦闘拡大を支援しました。もしもロシアが報復のために戦術核兵器でウクライナを攻撃すれば、ウクライナのNATO加盟に対して煮え切らない欧州諸国は、ウクライナの加盟を認め、一気にNATOとロシアとの戦争に拡大できるだろう。ロシアを挑発し、緊張を極限まで高めれば、和平交渉は吹き飛んで、戦争は続き、米英の利益につながるだろう――という計算です。
バイデン政権は、この長距離攻撃の承認を、次期大統領のトランプ氏には伝えませんでした。トランプ氏とヴァンス氏のコンビは、ウクライナ支援に反対し、トランプ氏は「大統領に就任したらウクライナ戦争を終わらせる」と繰り返しています。そうはさせまいと、米国の軍産複合体はバイデン大統領の任期中に、停戦交渉や和平交渉などが開けないほど戦闘を激化させたがっている――と、元米国防次官補のスティーブン・ブライエン氏はAsian Timesに寄稿しました。
ブライエン氏は「この武器や資金援助を、人びとはヘイルメリーパスと呼ぶだろう」と書いています。これはアメリカンフットボールの用語で、試合終了の直前に、負けているチームが一発逆転を賭けて放つロングパスを意味します。「やけくそ」「苦しまぎれ」というニュアンスが感じられます。
当のロシアはどのように対応したか。11月21日、ロシアは1発のミサイルでウクライナ中部の武器工場を攻撃しました。ウクライナは「ロシアがICBM(大陸間弾道弾)を発射した」と発表し、日本の新聞やテレビもそのように報道しました。ウクライナは「挑発作戦が成功した」と思ったことでしょう。
しかし、ICBMではなく、欧米がまったく知らなかった「オレシュニク」という名前の新型中距離ミサイルでした。航続距離は1000~5500km。音速の10倍近い極超音速で飛行し、迎撃は不可能。戦術核を含め6つの弾頭を搭載できます。この日は通常弾頭だったと言われていますが、命中時に大きな衝撃が起きました。ネットに流れた街頭カメラの映像でよく分かります。
結局、今回は第3次世界大戦の危険は避けられたようです。しかし、バイデン政権は来年1月まで2カ月近く任期が残っています。やけくその「ヘイルメリーパス」は、あと何回か試みられるかもしれません。第3次世界大戦の瀬戸際まで緊張を高めることができるかもしれません。そのとき、「石油と金」比率はまた急騰するでしょう。
政権末期は「レイムダック(足の悪いアヒル)」に例えられますが、よろよろ歩きの政権は何をしでかすか分からないのです。(グラフはVisual Capitalist、写真はEurAsiaDaily、サイト管理人・清水建宇)